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東京地方裁判所 平成元年(特わ)1132号 判決

主文

被告人を罰金三万円に処する。

未決勾留日数中、その一日を金三〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、その刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成元年六月一八日、「六・一八労学統一行動」と称する集会に引き続き右集会参加者らにより行われた集団示威運動に際し、約一六〇名の参加者が同日午後三時四八分ころから同日午後三時五七分ころまでの間、東京都千代田区紀尾井町二番一号清水谷公園出入口付近から同都港区元赤坂一丁目所在の弁慶橋に至る間の道路上において、東京都公安委員会の付した許可条件に違反してだ行進を行って集団示威運動をした際、終始隊列の先頭列外に位置して、笛を吹き、先頭列員が横に構えた竹竿をつかんで押さえ、あるいは引くなどして右隊列を指揮誘導し、もって右許可条件に違反して行われた集団示威運動を指導したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  公訴棄却の主張について

弁護人は、本件集団示威運動は、可罰的違法性の存しないもので、本来不起訴にすべき事案であるにもかかわらず、「起訴しないのでは公安条例が有名無実化する」という理由をもって差別的、政治的目的の下に起訴したものであるから、訴追裁量権の逸脱があり、公訴棄却の判決がなされるべきであると主張するが、後述のように、本件被告人の所為は可罰的違法性を有するものであるから、所論は前提を欠く。また、弁護人は、本件捜査の過程においては、集会・デモに対する強制的・暴力的な検問・所持品検査を始めとして、種々違法な捜査が行われていたものであるから、これを起訴することは憲法三一条、刑事訴訟法一条に反し、この点においても公訴を棄却すべきであるとする。しかしながら、捜査手続の違法は直ちに公訴提起の効力に影響を及ぼすものではないところ、本件捜査手続において公訴棄却を相当とするような違法事由の存在は窺われないから、この点についての弁護人の主張も採用することができない。

二  違憲の主張について

1  法令違憲の主張について

弁護人は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下、「本条例」という。)三条一項本文により集団示威運動等の許可・不許可の権限が東京都公安委員会(以下、「公安委員会」という。)に付与されている点は、右許否の基準が不明確で実質上許可制として機能する余地を多分に残すものとして、表現の自由に対する事前抑制となるから憲法二一条に反するとする。

集団示威運動は、政治的意思、思想表現の一形態として、憲法二一条により保障された重要な自由権の一部を構成するが、他方、多数人の身体的活動を伴い、集団自体に潜在する一種の物理的力に支持されているという集団示威運動の性格上、それが秩序正しく平穏に行われないときは公共の平穏・安全を損なうおそれも大きいものであることを考えれば、かかる危険を防止するため、本条例のように、公安委員会は「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。」として、許可を義務づけ、不許可の場合を厳格に制限した上での事前措置を設けることは、憲法二一条に反するものとはいえない。

次に、弁護人は、本条例三条一項三号の掲げる「交通秩序維持に関する事項」は、具体的内容が明らかではなく、公安委員会が条件付与に当たって準拠すべき基準としてはあまりに不明確であるし、同条項により付与された条件が犯罪構成要件となるものであることを考えれば、公安委員会に必要以上に裁量の余地が残されるので、憲法三一条に反すると主張する。

しかし、「交通秩序の維持に関する事項」につき条件を付与することができるとされている趣旨は、集団示威運動等が秩序正しく平穏に行われる場合にこれに通常随伴する交通秩序阻害の程度を越えた、ことさらな交通秩序の阻害をもたらすような行為を防止するためと解されるから、その趣旨は明らかであり、かつ、右規定に基づき具体的な条件が定められ、付与された条件は主催者又は連絡責任者に告知され、この具体化された条件に違反した主催者、指導者等が処罰の対象となるものであるから、犯罪構成要件が不明確であるとはいえず、弁護人の主張は理由がない。

弁護人は、付された具体的条件自体に不明確なものがあるとも主張するが、本件に適用された「だ行進をしないこと」という条件は、通常の判断能力を有する一般人の理解において十分判断可能なものであって、不明確とは言えない。

また、弁護人は、本条例に規定された刑罰は上位法である道路交通法に比して重いという点で憲法九四条に反するというが、集団示威運動等の有する性格等に鑑み、道路交通法とは別個の観点から、条例において、交通秩序の維持に関し規制を行うことは同法の禁ずるところではないと解されるから、刑の点を含め、本条例の規定は同法に違反するものではない。

2  運用違憲の主張について

弁護人は、本条例が合憲であったとしても、その運用の実態は違憲であると主張する。すなわち、集団示威運動をしようとするものは、警察による事前折衝を事実上強制されるが、その際に事実上コース変更処分等が行われている。また、コース変更等の「重要特異なもの」は公安委員会の直裁となっている建前であるが、それに該当するかどうかの第一次的判断は警察官に委ねられている。さらに、「重要特異なもの」以外について付される許可条件の内容は警備部長以下の警察官に委ねられているのであるが、これは刑罰法規の白地委任的運用で憲法三一条に違反する上、その条件の文言には極めて幅広くとらえうるものが含まれ、現場の警察官が集団示威運動等の表現活動を過度に規制することを可能ならしめる点で憲法二一条に反する。以上のように、本条例の運用は、手続面及び内容面のいずれから見ても、取締の便宜に傾斜し、表現の自由の事前抑制としての最小限度の域を越えているから、かかる運用の一環として行われた本件条件付許可処分は憲法二一条に違反し、無効であるという。

しかし、一般に行政庁が許可・不許可の判断をする際、事前に申請者から事情を聴き、併せて行政庁の方針を説明し、申請の内容等につき指導、折衝すること自体は何ら差し支えがないものといわなければならない。これは、あくまで任意の応諾を前提とする事実上の手続にすぎず、申請者は、事前折衝による合意を強制されるものではない。本件の場合も、集団示威運動の許可申請権を奪うに等しい制約が課せられたとみるだけの資料はないうえ、本件の事前折衝においてもっぱら問題となったコースの点は、本件公訴事実たる許可条件に違反した行進の指揮誘導と法律上、事実上の関連性がなく、被告人にはこの点を問題とする適格がないといわなければならない。

そして、公安委員会の許可事務の一部を警備部長に委任し、条件付与も警備部長以下の警察官によって処理されている点についても、明確な基準の下に一定限度の事務処理を補助機関に委ねることは行政機関の事務処理方法として当然許されるものであるところ、公安委員会が警備部長に委任しているのは、進路、日時の変更など「重要特異なもの」を除く、定型的条件を付した許可事務のみであるから、こうした運用が直ちに憲法上の問題を惹起するとはいえない。また、本件に適用された「だ行進をしないこと」という条件の文言は、前述のように、不明確とはいえないから、被告人に対する関係で、本条例の運用が憲法二一条に違反すると認めるべき事情は存しない。

三  可罰的違法性がないとの主張について

弁護人は、被告人の行為が形式的に許可条件に違反しているとしても、本件集団示威運動は、その目的が正当性を有するうえ、現場が脇道であり、当時の交通量も少なかったこと、集団示威運動の規模、態様、問題となった集団示威運動の時間と距離、現実に発生した交通阻害でデモ隊に帰責しうるものはないことなどから、本条例が保護法益とする公共の安寧に対し直接かつ明白な危険性があったとはいえず、可罰的違法性がない旨主張する。

しかしながら、もともと本件許可条件違反については、具体的な交通阻害の結果の発生や公共の安寧に対する直接かつ明白な危険の発生は要件ではない上、本件においては、約一六〇名からなる集団が、約九分間にわたり約三〇〇メートルの間、警察官の再三の警告・制止にもかかわらず、継続してだ行進を行い、そのだ行は三〇数回に及び、その半数以上は道路中央線を大きく越えるものであったこと、本件だ行進により、もしそれがなければ生じなかったであろう相当程度の交通阻害状況が生じたこと、被告人は、本件だ行進を終始指揮していたものであることは、証拠上明らかであるから、被告人の本件行為が可罰的違法性を欠くものであるとは到底いえない。

弁護人は、本件集団示威運動の目的の正当性を強調し、また、ある程度の威力が示される集団行動が基本的人権の行使として許されているとみるべきではないかともいうが、集団示威運動は、集団そのものが有する示威的効果を背景に一定の思想、意見を一般公衆等に訴えようとするものであって、本件だ行進のようにことさらに交通阻害となるような行為を行うことは、集団示威運動の目的のために必要不可欠なものではなく、これを禁止することは思想表現行為としての集団示威運動の本質的な意義と価値を失わせるものではないのである。

(法令の適用)(略)

(金築誠志 久保豊 森冨義明)

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